デス・オーバチュア
第245話「桜花繚乱」




短く切り揃えた銀髪にアイスブルーの瞳をした、黒いロングコートの青年が骸骨兵士を次々に斬り殺していた。
ガルディア十三騎第一位の黄金騎士にして西方のソードマスターの称号をもつ大陸一の剣士ガイ・リフレインである。
「スケルトン(骸骨兵)にしては丈夫だな」
丈夫と言いながら、ガイは静寂の夜(サイレンナイト)で容易く骸骨兵士を斬り裂いていた。
『ガイ、これ異界竜だよ、異界竜』
「異界竜?」
少し『記憶』を手繰ると、すぐに異界竜についての知識に行き当たる。
本来、ガイ本人には異界竜に対する知識や記憶などない、これはあくまで契約しているアルテミスの知識と記憶だ。
「それにしては脆すぎないか?」
『う〜ん、これは『もどき』だね、異界竜もどき、似て非なるもの』
「フッ、もどきか……」
骸骨兵士の動きはあまりにも緩慢すぎて、ガイの『敵』ではなかった。
最早、戦闘ではなく、ただの破壊作業である。
『多分、異界竜の牙一本から生み出されたスパルトイだと思う……それにしても質が悪いね……オリハルコンや神銀鋼でも簡単に斬れそうだよ』
「なら、神柱石製のお前にとっては豆腐のようなものだな」
ガイの言葉通り、豆腐かバターのようにスパスパと骸骨は切り刻まれていった。
「……とは言え、これではキリがないな……」
斬っても斬っても湧いてくる骸骨兵士に、ガイはうんざりといった感じで嘆息する。
すでに百体以上破壊しているが、湧き出る骸骨兵士は一向に尽きる兆しがなかった。
「……うざい……まとめて吹き飛ばすか」
『まとめて? もしかしてアレを試すの?』
「ああ、丁度良い実験台だ……いくぞ、アルテミス!」
『うん、いつでもいいよ!』
「……はあああああああああああっ!」
ガイは烈風を放ち近場の骸骨兵士を纏めて吹き飛ばすと、闘気を溜め、高め出す。
高められた闘気が静寂の夜に注がれ、青い月光のように美しく光り輝いた。


一分後、その場にはガイ以外に動くモノは存在していなかった。
台風でも通過したのか、森は無惨に荒れ果てており、所々に骨や骨の『残骸』が転がっている。
「……殲風院流奥義……『殲風(せんぷう)』……まだまだ未完成だな……」
ガイは静寂の夜を大地へ突き立てると、杖代わりにして体重をかけた。
『威力は凄いけど、荒すぎる技だよね……それに、一回の戦闘で一度が限度……撃った後は戦闘不能……て程じゃないけど息切れしちゃうし……』
「ああ、このままじゃ一か八かの自爆技に過ぎん……もっと技として昇華させなければ駄目だ……俺流にな……」
呼吸を整え終えると、ガイは剣から手を離しゆっくりと歩き出す。
「あ、待って、ガイ」
静寂の夜は人型(アルテミス)に転じると、ガイに駈け寄り、置いて行かれないように彼のロンゴートを小さな手で掴んだ。
「……お前の方は平気なのか?」
「わたし? う〜ん、前段階のアレは慣れないとちょっと変な感じだけど……殲滅放つ際の負荷は問題ないよ。消耗や負荷が激しいのは寧ろガイの方だよ。あんな強引でデタラメな技、常人だったら腕が引きちぎれるよ……それ以前に闘気……生命力が保たないだろうけど……」
「強引か……確かに正確性がないというか、無駄の多すぎる荒技だ……このままではな……」
ガイは歩きながら、考え込むような表情をする。
「技の改良を考えるのは後にしようよ。今は……」
「ああ、解っている……さっきの骨共は雑兵だ……指揮官を殺らないとな」
「でも、気をつけて、ガイ。おそらく、異界竜もどきを放ったのは本物の……」
「……望むところだ……」
アルテミスの推測に、ガイは酷薄な微笑で応えた。



「黒桜旋風塵(こくろうせんぷうじん)!」
螺旋状の黒い桜吹雪が、百体を超す骸骨兵士を纏めて呑み込んで、空を貫くように彼方へと消えていった。
「……まあ、こんなところですかね?」
殲風院桜改めアンベルは、黒刃の長刀を背中の鞘へと収める。
彼女は、殲風院流終ノ太刀『旋風』を完全に極め、自分流の技に昇華(アレンジ)していた。
「それにしても硬い骨でした、黒桜(こくろう)が魔黒金製だからいいようなものの……」
斬り倒した骸骨兵士達は明らかに普通の硬さではなく、魔黒金に限りなく近い硬度(歯応え)が感じられたのである。
「うわぁ〜、凄いね、あれだけの竜牙兵を一撃で消し飛ばすなんて」
ふわりといった感じで、森の中から黒のイヴニングドレス(夜会服)を着た十一歳ぐらいの少女が飛び出してきた。
瞳は血を固めたような見事な紅玉(ルビー)、綺麗な黒の長い髪を黒の大きなリボンで一房に束ねている。
異界竜姉妹(双子)の妹の方……天使のような笑顔をした小悪魔『皇鱗』だった。
「……あれ? 覚えがある波長だと思ったけど、やっぱりあの時の……?」
「ああ、覚えてましたか? 異界竜さんでしたっけ?」
アンベルはサングラスを外すと、懐の中にしまい込む。
「皇鱗だよ、物騒なエナジーで動いてるお人形さん」
皇鱗の両手にそれぞれ青い光球が生まれた。
「あの〜、襲われる覚えないんですけど……?」
いきなり戦闘を開始しようとする皇鱗に、アンベルは困ったような呆れたような表情を浮かべる。
「これは復讐劇なんだよ、わたしとお姉ちゃんを傷つけた、虚仮(こけ)にした者を皆殺しにするんだ〜♪」
皇鱗はどこまでも無邪気で無垢に、そして楽しげに復讐宣言した。
「お姉ちゃんのプライドを傷つけた銀髪さんも、私を虐めた青い人形と赤い人形、危ないお医者さん、そして……あの修道女! 全員この島から気配がするの……だから、竜牙兵で皆殺しにする! この島に湧いている全ての人間(黴菌)ごとね!」
弾けるように、皇鱗が空高く跳躍する。
「無茶苦茶ですね……」 
「あははははっ、あなた達人形は実はそれ程憎いわけじゃないよぉ〜」
皇鱗は急降下し、右掌の青い光球をアンベルの頭部に叩きつけてきた。
アンベルは地を滑るように後退してかわすと、背中の長刀を抜刀と共に斬りつける。
長刀の黒刃と左掌の青い光球がぶつかり合い、凄まじい爆発が巻き起こった。
「……でも、復讐はちゃんとさせてもらうねっ!」
爆煙を貫いて飛び出してきた皇鱗の手刀がアンベルの喉へと迫る。
アンベルは僅かに首を傾けて回避するが、直接触れていないにも関わらず首筋から鮮血が噴き出した。
「綺麗な赤い血……本当によくできたお人形さんね!」
皇鱗は舞うようにクルリと回転する際に、右足で回し蹴りを放つ。
だが、それより早くアンベルは空へと跳躍していた。
「黒桜烈風閃(こくろうれっぷうせん)!」
長刀が振り下ろされると、烈風に乗って無数の桜の花びらが皇鱗へ吹き付けられる。
「痛ぁっ! 痛たたたたああぁっ……!」
鋭利な刃物と化している花びらの豪雨の中に、皇鱗の姿が呑み込まれていった。
「この程度で倒せるとは思っていませんよ」
アンベルは素早く長刀を背中の鞘へ収めると、左手を突きだして光輝の弓矢を創り出す。
「終末の滅光(ラグナレク)!」
最強の輝きと威力を圧縮した光輝の矢が地上へと放たれ、破滅の閃光の爆発が全てを消し飛ばした。


「痛ああ……もう、そんなの効くわけないでしょう!?」
地上にできた広大なクレーターの中心に、不快げな表情で皇鱗が立っていた。
今の一撃……原爆程度の爆発は以前にも味わっている。
ゆえにアンベルの方も効かないのは百も承知だろうに、なぜ撃ってきたのか皇鱗には理解不能だった。
原爆よりも、鋭利な花びらの豪雨の方がまだチクチクと痛かったりする。
「魔力で創った無数の黒い花びらを降り注がせる……鮮烈で物騒な技だね……」
あんなものを生身の人間がくらったら、跡形が無くなるまで切り刻まれるだけだ。
この地上のどんな物質でも傷つくことのないデタラメな硬度を誇る異界竜だからこそ『無傷』でいられたのである。
「……えっ?」
突然、白と黒、二種類の桜の花びらが皇鱗の視界で舞い散りだした。
風に舞うように緩やかに、空から降り注ぐ二色の桜雨。
「舞い散れ、白楼! 黒楼!」
遙か上空からアンベルの声が聞こえてきた。
「光と闇の間に滅せよ! 絶華桜殺斬(ぜっかろうせつざん)!!!」
黒刃の長刀と白刃の短刀から、二つの超巨大な螺旋状の桜吹雪が放たれる。
「ふふふっ、さっき竜牙兵達を一掃した技だね」
皇鱗は両手を胸の前に持ってくると、掌と掌の間に青く輝く光球を作りだした。
「流石に直撃したらやばそうだから、相殺させてもらうね! 夢幻泡沫(むげんほうまつ)!」
太陽か星の爆発のように激しく光り輝く青き光球が、天へと解き放たれる。
「ついでにあなたまで消し飛ばしちゃったらごめんね〜」
空から襲いくる白と黒の二つの螺旋状の桜吹雪に、青き光球が正面から激突した。
青き閃光の爆発が空を染め上げる。
「あははははははっ、一緒に消えちゃったか……なああっ!?」
青い閃光の空を貫いて、白と黒が混ざり合い倍加した超々巨大な螺旋状の桜吹雪が皇鱗に直撃した。



「くっ……目覚めてみればなんだ、コレは!?」
タナトスは黄金の大鎌を振るって、骸骨兵士達と戦っていた。
嫦娥の水聖驟雨を受けて意識を失い、次に意識を取り戻した時には夜の森の中に居たのである。
目覚めて最初に見たのは骸骨の顔、自分を殺そうとしていた骸骨兵士の気配で強制的に起こされたのだ。
もし、起きなければ、そのまま骸骨兵士に殺されて永眠していたことだろう。
「誰だか知らないが、手当だけしてこんな所に放り出さないで欲しい……なっ!」
タナトスは骸骨兵士の剣を払い、その首筋に大鎌の刃を叩きつけた。
だが、大鎌は骸骨兵士の首を刎ねることができず、骨に少しだけ食い込んで止まってしまう。
「つっ、なんて硬さだ……」
骸骨兵士が反撃の剣を振るう前に、タナトスは一度間合いを取るため飛び離れた。
彼女は今、五体の骸骨兵士を一人で相手している。
骸骨兵士達の動きは緩慢で、全然強くはないのだが、タナトスには彼らを破壊しきる攻撃手段がなかった。
黄金の大鎌では彼らは斬れず、死気の類は元から生きていない不死の兵には何の効果もない。
「こんな硬さだけが取り柄な骨組みに手こずるとは……」
タナトスは自分が情けなかった。
魂殺鎌さえあれば、この程度の相手、一閃(一撃)で纏めて葬れるのに……。
半身たる魂殺鎌を失った今の自分はとてつもなく弱い、弱すぎる、駄目駄目な死神だ。
「僅かだが、傷がまったくつかないわけではない……同じ箇所を集中して狙うか……気の長い話だが……はあああっ!」
五体の骸骨兵士の同時攻撃を捌きると、タナトスは反撃に転じる。
「なあっ!? しまっ……」
骸骨兵士の盾にたまたま受け止められた黄金の大鎌の刃が綺麗に折れてしまった。
昼間、嫦娥に切り目を入れられた部分が脆くなっていたようである。
武器を失ったタナトスに、骸骨兵士達が一斉に斬りかかった。
「なめるなっ!」
タナトスは大鎌の柄を棒術のように回転させて、五本の剣を全て跳ね飛ばす。
さらに、宙に舞った剣のうち二本をぞれぞれ両手で掴み取ると、そのまま骸骨兵士に斬りつけた。
骸骨兵士が二体、体を斜め一文字に両断されて崩壊する。
「斬れる……」
相手を破壊できる攻撃手段を得たタナトスの次の行動は迅速だった。
二体の骸骨兵士の間を駆け抜けたかと思うと、二体の骸骨兵士が体を切り刻まれて崩れ去る。
「ラスト!」
タナトスは最後の一体を十文字に切り裂いた。
「……ふう」
軽く息を吐くと、役目を終えた二本の剣を地に投げ捨てる。
黄金の剣以上に使える武器だとは思ったが、やはり剣はあまり性に合わないし、骸骨の持ち物だと思うと、このまま持ち歩く気にはなれなかった。
「……いつもの森なのは間違いない……」
散々、修行というか、ディーンに吹き飛ばされた森だ、大体の居場所はなんとなく解る。
とりあえずタナトスが歩き出そうとした瞬間、背後の大地から新たな骸骨兵士が七体飛び出してきた。
「くっ!?」
大地から飛び出してくるまで気配をまるで察知できず、そのため、対応が僅かだが致命的に遅れてしまう。
しかし、骸骨兵士達の凶刃はタナトスに届くことはなかった。
その直前で、全ての骸骨兵士がサイコロステーキのように細かく切り刻まれて崩壊したのである。
「……メディア……先生……?」
「フフフッ、実に興味深い骸骨ね」
崩壊した骸骨兵士達の向こう側から姿を現したのは、医者のような白衣を着込んだ青い長髪に青眼の少女だった。








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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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